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由紀の部屋へ

2021年02月15日
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情けないことに、僕は死んでしまいました。
ここだけの話ですが転落死です。
お恥ずかしながら僕はある女性に恋をしていました。
彼女の名前は由紀といいます。
その語感どおり雪のように綺麗な白い肌をした女性でした。
僕は一目見て、恋に落ちたのです。
由紀は大学二年生で、近所の書店でアルバイトをしていました。
無類の読書好きの僕は、これは紛れもなく運命だと思いました。
僕と由紀は結ばれるためにここで出会ったのだと、そう確信したのです。
僕は勇気を振り絞って、彼女に手紙を渡しました。
とは言っても手渡しでは恥ずかしがるだろうと思い、自転車のカゴへ。
アルバイトが終わり、僕の手紙に気付いた由紀は、それを鞄に入れて帰りました。
僕は幸せでした。
これで彼女に想いが伝わったからです。
明日からは晴れて、運命の相手である僕との幸せが彼女に待ち受けていました。
ですが、彼女からの返事はありませんでした。
むしろ毎日足繁く書店に通う僕と目が合うたびに、由紀は怯えた表情を浮かべるようになったのです。
僕は心外でした。
由紀のことを幸せにできるのは僕だけなのに、彼女は何も分かっていないのです。
それからというもの、僕は毎日アルバイトが終わる由紀を待ちました。
雨の日も、風の日も、夏の暑い日も、雪の日も。
彼女は僕を避けるように、急いで自転車をこいで去っていきます。
毎日、毎日、去っていきます。
僕は逆に考えました。
由紀の家で待ったほうが効率がいいのではないか?と。
我ながら名案だと、よろこび勇んで由紀のマンションに行きました。
八階建ての彼女のマンションは、非常階段からはしごで屋上に行けるようになっていました。
以前下調べをしていたのが役に立ちました。
僕は由紀の部屋に、屋上からそっと訪問するつもりでした。
ですが、あいにく雨の夜。
僕は足を滑らせて転落したのです。
そうして僕は死にました。

暗い、深い闇に僕は吸い込まれていきました。
その後で急に真っ白な光に包まれた僕は、驚きました。
気がつくと僕は、由紀の部屋の中にいたのです。
僕は自分の想いがどれほど強いものだったか、改めて実感しました。
死んだ後もなお、僕は由紀を見守りながら、永遠に側にいるのです。
僕はじっと由紀のベッドの枕元で、由紀の帰りを待ちました。
夏の雨上がりの、湿度の高い夜でした。
由紀は帰ってくるなり白いブラウスを脱ぎ捨てました。
その下の黒いタンクトップの胸元に、僕は吸い込まれるように近寄っていきました。
でも由紀は僕に気付かず、べたつく汗を流したいのか、お風呂へ向かいました。
僕は紳士的な守護霊となり、由紀を見守ることを誓いました。
お風呂から出てくる彼女を、天井に佇みながらじっと待ちました。
やがて、さっぱりした顔をして由紀が部屋に戻って来ました。
恥ずかしながら初めて見る女性の全裸でした。
その柔らかな白いカーブに、僕は見とれました。
ああ、本当なら僕が生きている間に、その肌に触れたかった。
でも今は叶わぬその想いを、せめて一瞬でも味わいたいと僕は願いました。
気がつくと僕は由紀の裸の胸に近づいていました。
細身だと思っていた由紀の美しいその丘陵に、僕は迷わず触れました。
柔らかさや、肌のすべらかな感触を味わうことはかないませんでした。
僕はもう生身の人間ではないのです。
それでもこの高まる情熱をどうしても伝えたくて、僕はそっと胸元にキスをしました。
するとどうでしょう。
僕の中に、彼女の火照った情熱が、激流のように流れこんでくる気がしました。
初めて触れる彼女の肌、由紀の胸元に浴びせた僕の熱いキス。
次の瞬間、奇跡が起きました。
由紀と僕の目が合ったのです。
強い想いがやっと通じ合ったのだと、僕は喜びに浸りながら、由紀をじっと見つめました。
一瞬驚いたような、困惑したような表情をした由紀ですが、すぐにいつもの表情に戻りました。
ふっと強い風が僕の身体を吹き抜ける感覚がありました。

「あー、刺された。最悪」
手のひらで潰れた蚊と、吸われたばかりの赤い血を由紀はティッシュて拭くと、それを丸めてゴミ箱へ捨てた。

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S.Y
この記事を書いた人: S.Y
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